保健室


保健室に連れていかれた拓馬はしばらくベッドで寝かされていた。白い仕切りのカーテンが4月の爽やかな風でゆらゆら揺れている。

天井を見つめたまま、しばらくぼんやり考えていた。こんな退屈な日々が何年も続くのだろうか? ちょっと想定外の事態に困惑した。

五十才であるはずの自分の自覚がもやもやとしている。子供の心がじわじわと自分の中に侵食している。しかし記憶ははっきりと残っている。

このまま子供の精神状態に慣れて行くのだろうか? そんな状況に自分は耐えることが出来るのだろうか?

夢が覚めた時に今度は逆の苦しみになってしまうのだろうか?

夢が覚めるまでこの子供時代を楽しもうと決意したばかりであったのに、もう既にその決意は揺れ始めている。

そう簡単では無いという事を実感しながら今後の振る舞いをどうしようかと考えた。諦めて完全に子供の心で行こうか、それとも大人の自覚は忘れないで、それなりの振る舞いで行こうか。

しかしこの退屈はまずい、精神が崩壊しそうだ。
グルグルと考えが同じところを回っていた。

まあしかし、それにしても、もし夢から覚めた時はまたその環境に馴染むだろ、完全に今は1年生になり切った方が精神的に楽ではないか?いやしかし退屈が・・・ 

何度も考えが行ったり来たりした拓馬であったが、徐々にもう一度考えが固まりつつあった。1年生になり切りながらも精神的にストレスが溜まらないような方法を考えよう。

と新たに作戦を考え始めていた。

新たに決意した拓馬は、目に輝きが戻っていた。拓馬は保健室の先生に声をかけた。

「先生、すみません もう大丈夫なので戻ってもいいですか?」ニコニコ笑いながら話す拓馬を見て、保険の先生も安心した様子であった。

「はい、調子よくなったみたいだね。戻っていいですよ」と優しい先生の笑顔に「ありがとうございます」と丁寧なお辞儀をして拓馬は保健室を出た。次の作戦行動の開始である。

(よし、次は図書館だ)
拓馬は教室には戻らず図書館を目指した。そして大人になって後悔していた音楽理論の本を探すことにした。

2数冊の本を見つけると、そのまま図書館の机に座り本を読み始めた。どの位時間が経ったのか分からないほど集中して本を読み続けていた。

「いたー 先生!こっちこっち! 図書館にいますよー」学年主任の先生が叫んでいる。

ドヤドヤと数人の先生が図書館へ入って来ると拓馬の所へ集まってきた。

「拓馬くん 何しているの! いなくなっちゃったから心配したでしょ!」決意の固まった拓馬はもう落ち着いていた。

「すみません先生、どうしても読みたい本があったので来てしまいました」と笑顔で先生に答えた。

すると「え~? 何? 何の本読んでるの?」
「音楽理論?」「ジャズのコード理論?」
「こんな難しい本読みたいの?」矢継ぎ早に先生から質問が飛んできた。

拓馬は少々先生の迫力に押されぎみであったが
「はい、これ勉強したいんです」と少し小さな声で答えた。

先生がその本を手に取ってパラパラとめくりながら拓馬の方を見た。

「これ、先生でもさっぱりわからないわよ」
「1年生がこんな事わかるわけないでしょ!」
「バカな事言ってないで教室へ戻りなさい!」

強烈な怒りの声で拓馬に怒鳴りつけた。
その鬼のような形相に拓馬はたじろいだ。

(しかしここで引いてはまた、あの退屈に引き戻される。それだけはいやだ。)そう心の中で呟きながら、怒っている先生の目をじっと見返していた。

その気迫が先生に伝わったのか先生の鬼の形相が少しほぐれてきた。
「拓馬くん、何でそんなに先生をにらみつけるの?」
「だって、せんせい、ぼくがこのほんなんてよめるわけがないって、きめつけたから」

先生に挑戦状を叩きつけた形になった。これは先生も負けていられない。

「あ、言ったわね。それじゃ読んでごらんなさい。」もう既に吹っ切れて、決意を固めた拓馬は漢字を多用した理論の文章をすらすらと読み始めた。

しばらく読んで先生の顔をにっこり笑いながら見てみた。先生の目が点になって茫然とこちらを見ている。
更に拓馬は挑戦状を笑顔で追加してみた。
「先生、何か問題でも?」

完敗の空気が先生達の中に冷たく流れていた。それでも先生もプライドがあるのか知らないが素直に認めようとしない。

「わかったから、とにかく教室へ戻りなさい!」
強引である。

「それじゃせんせい このほんもっていっていいですか?」
「わかった、わかった、持って行っていいから戻りましょう」
「貸出ノートへ書いておきなさい」と言い捨てるように先生が言うと、拓馬は嬉しそうに「は~い」と返事をし、立ち上がると本を2冊持って受付の貸し出しノートへすらすらと本のタイトルと番号、名前を漢字で書いた。

その様子を見ていた先生の様子は、何か変な物を見るような目つきで拓馬を見ていた。

拓馬は思った(これで自分は普通の小学生では無いと先生に知られたな。ま、いいや)

そして教室へ戻ると次の授業が始まった。国語だ。みんな大きな声で教科書を読んでいる。

そんな事お構いなしに拓馬は図書館から借りてきた本を読みふけっていた。

時折意地の悪いタイミングで拓馬は先生からさされたが、全て正解の回答を返した為、なぜか先生は悔しそうであった。


つづく・・・第七話(7/42) 記憶力と昔の記憶




 
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