kiokuup


この日、職員室で先生方は拓馬の異常行動と難解な本をすんなり読むその様子でもちきりであった。

あの子は一体何なのか? 担任の先生は拓馬の自宅へ電話をかけて母に様子を伝え、どういった教育をこれまでしてきたのか、と質問攻めにしていた。

拓馬の母は先生の言っている事の意味が理解できず、困惑しながらひたすら謝り続けていた。拓馬の母は電話で先生との話を終えて、学校で一体何が有ったのかと考えていた。その時拓馬が丁度帰って来た。

「母さん ただいま~」
「あ~~帰って来た 来た!」拓馬の顔を見るともうご機嫌である。

「たくまぁ~ 今先生から電話が来たんだけど、何かあったの?」拓馬はニコニコしながら母を見て「大丈夫だよ」と一言告げると、そのまま自分の部屋へ入って行った。

拓馬は自分の机に座ってみた。(全然覚えてないな、こんな机だっけ?)と考えながら引き出しを開けてみた。お年玉袋がある。

「なんだこれ? 懐かしいな お年玉か。」

中を開けてみたら五百円札が入っている。きっと正月に自分がもらったのであろうとは思うお年玉である。(まてよ、これを自分がもらったとすると 何も覚えていない。

ではあの四月一日以前の自分の意識はどこへ行ってしまったのか? このお年玉をもらって喜んだ自分がいたはずだ)自分の体が生まれてから6年間を体験した意思がどこへ消えてしまったのか心配になった。

(解らない・・・一体どうなっているのだ)他の引き出しも次々開いて中を見たが何も見覚えは無い。

「ええぃ 考えても仕方がない わかる事だけでやって行こう」と独り言を言いっていた。

机の隣の本棚も調べたがこれといって参考になるものも無い。
「よし、まずはノートだ」新しいノートを探した、しかし行間が異様に広い小学生低学年用のしかない。

「これじゃだめだ~」と諦めた時、お年玉の事を思い出した。

「そうだ、お年玉でノートを買いに行こう」早速五百円を取り出してポケットに入れ、出かける事にした。「母さん 遊びに行ってくるね!」そういうと拓馬は玄関へ走った。

遠くから母の声が聞こえた「気を付けてね~」その声を聞きながら外へ出たまではいいが、店の場所が思い出せない。

(どこだったかな~)しばらく家の前で考えたが思い出せなかった。(よし 商店街が確かあったな)とおぼろげな記憶を辿りながら商店街を目指した。

昭和四十年代の商店街は活気に満ち溢れていた。「そうか~この頃はこの通りもこんなに元気だったんだな~」と感心しながら通りを歩いていた。

すると文房具店を発見。「あった」早速お店に入り五線譜と大学ノートを探した。目的のノートを見つけ購入、急いで自宅へ戻ろうと店の外へ出たら、向かいに楽器店を発見した。

早速拓馬は楽器店に寄り道しようと道路を渡り店に入ってみた。置いてある楽器がどれも古いタイプのものばかりなのだが、皆ピカピカに光って新しい。不思議な感覚であった。一通り見ると拓馬は店を出た。

商店街をキョロキョロしながら拓馬は散策していた。四十八才の頃この商店街を久しぶりに歩いた記憶はあるのだが、その時には店の残骸となった錆びた看板や花壇が有ったであろう赤煉瓦を積んだエリアを見た記憶がある。

少し歩くとその赤煉瓦に花が咲き乱れている場所を発見した。「ここだ!」そして顔を上に向けるとピカピカの看板がある。タイムスリップした気分だ。

不思議で不思議でたまらない、理由が分からないワクワクとした気持ちが湧き上がり、次々と見て歩いた。商店街を端から端まで歩いてそろそろ疲れてきていた。

(この体、まだ体力が無いな)と冷静に感じながら「今日はもういっか さて帰ろう」そう呟くと拓馬は家に急いだ。拓馬は帰りながら考えていた。

四十年ほどしたらここがゴーストタウンになるなんて、ここにいる人たちはそんな事考えられないだろうな。

「ただいま~」拓馬は元気に帰って来た。「あら、もう帰って来たの? 早かったわね」と母が出てきた。

「あら、何か買ってきたの?」母に見つかってしまった。拓馬は「うん、ノートをね」と笑うと、母は「えぇ? ノート沢山もらったのがあるじゃない」と言ったが、「ちょっと欲しいのがあってね」とにっこり笑って見せた。

拓馬の事が気になって仕方ない母は興味津々「へぇ どんなノート買ってきたの? 見せて」と拓馬の持っていたノートを取り、開いた。「あらま、こんなに目が細かいノートなんて まだ早いでしょ」と拓馬を見て「それに お金はどうしたの?」と聞いてきた。

拓馬は「お年玉だよ~」と笑うと「あ~あれね 変なおもちゃなんか買うよりノートの方がいいか いいね ん、おりこうさん」とノートを拓馬に返し、くるりと回ると腰を振りながら戻って行った。拓馬はノートを抱えて自分の部屋へ駆け込んだ。

早速机の上で図書館から借りてきた本を開き、必要な事をノートへ書き始めた。しばらく勉強していた時、ふと思い出した。

「そう言えば、この時代もプラザ合意とかロッキード事件とか色々起こるのかな?」

腕組みをしながらしばらく考えていた。「わからん! 様子を見るしか無い」と開き直り、まだ勉強を続けていた。

大学ノートへ色々書き込んでいるのだが鉛筆がすぐに丸くなってしまい、鉛筆削りを机の引き出しから探し出し、削っては書きと繰り返していた。

しばらくして疲れてきた拓馬は、一休みしようと立ち上がって伸びをした。その時自分が色々書いたノートを見て思った。

「まだこんなノート母には見せられないな」そう思い、使わないときは隠しておくことにした。

こんな事を1ヶ月位続けていたある日、拓馬は面白い事に気が付いた。「記憶力が抜群にいいぞ」そう、何故か集中して覚えた事を忘れないのだ。

体が若いからなのだろうと安易に考えていたのだが、また疑問が湧き上がって来た。体が若いから記憶力がいいって、それでは五十才の頃に覚えていた事を今も覚えているのはどうしてなのか? 

肉体ではない何かが覚えているという事か? 小学生の脳で覚えた事も五十才の頃の事も同じように思い出せる。

どういった仕組みになっているのだろうと不思議な疑問がまた一つ増えた。


つづく・・・第八話 友達





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