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6月に入り拓馬はこの世界へやってきて2ヶ月が経過していた。いつまで経っても夢は覚めないし、当たり前のように毎日が繰り返されている事にすっかり馴染んでいた。

学校の教室で隣に座っていた女の子「真理ちゃん」と友達になった。家も結構近いという事が分かり、拓馬は真理の家に遊びに行くことになった。

精神年齢五十才の拓馬少年はちょっとドキドキしたりしていた。勿論、真理はそんなに深く考えてはいないという事は拓馬も分かってはいたのだが、それでも緊張している自分が可笑しかった。

真理の家は普通の木造住宅で小さなお店とくっついていた。野菜が並んでいる横を通り抜けると奥に真理のお母さんと思われる人が座っていた。

「こんにちは~ おじゃまします」拓馬は元気に挨拶してみた。
すると「あら元気がいいわね~ こんにちは」と張りのある声で褒められた。

「おかあさん たくまくんだよ」と真理に紹介された。「ゆっくりしていってね~」と気さくに言われ「はい」とお辞儀をして奥へ進んだ。

一番奥まで進むと真理の部屋に辿り着いた。何とそこにはアップライトのピアノが置いてあった。拓馬は早口で「まりちゃん ピアノひけるの?」と聞いた。

真理は「まだならいはじめたばかりだよ~」とあまり興味が無さそうな雰囲気で答えた。

しかし拓馬はピアノに興味津々だ。「ちょっとさわっていい?」と言うと同時にピアノの蓋を開いて鍵盤カバーを取り外していた。

真理は「どうぞ~」と言ってくれたので早速ピアノの前に座った。拓馬はここ2ヶ月ずっと音楽理論の勉強をしていたのと、前の人生でも音楽が好きでギターを弾いていたりした為知識は豊富だ。ピアノを鳴らして確かめたくて音を出し始めた。

何度も和音を鳴らしては、音を追加してと色々試してみた。しかしものの5分もしないうちに指が疲れてしまい、鍵盤を押す力が出なくなっていた。

「あちゃ~ もうゆびがつかれた~」と顔を上げたら、真理がジュースを持ってきてくれた。

「どうぞ~」真理がお盆にジュースを載せてニコニコしながら立っている。「ありがとう」なんだかその姿が嬉しくて、テンションが上がっていた。

ジュースを飲んだ。「おいしい~」小学生の味覚では味を非常に敏感に感じる為、毎度そのおいしさに驚いていたのだった。

そして他愛のない会話で真理の話をしばらく聞いたりして、意外にも楽しい時間を過ごすことが出来ている自分にちょっと驚いていた。

そして帰る時間になり、拓馬は「ねえ、またあそびにきてもいい?」と聞くと、真理はにっこにこしながら「まいにちきてもいいよ」とご機嫌な様子であった。

「おじゃましました~」と拓馬は真理の母に言うと、真理の母は「あれ~お行儀のいい子だね~ またいらっしゃいね」と送り出してくれた。

新たな目的

拓馬は家に帰ると、家の中を散策して歩いていた。

「段ボール段ボール」「ねえ母さん、いらない段ボールない?」そう母に尋ねると、「こんなの?」と言って段ボール箱を棚の上から降ろしてくれた。

「あ、それそれ ちょうだい」と言うと母は「いいよ」とくれた。「何か作るの?」と母が聞いたが拓馬は「ちょっとね」と適当に答え、箱を抱えて部屋へ急いだ。

早速拓馬は段ボール箱の上に定規を置いて線を引き始めた。「確かこの位の間隔だったな~」とブツブツ言っている。

しばらくして「できた!」と。そこにはピアノの鍵盤の絵が描かれていた。早速その絵に描いた鍵盤の上で指を動かしてみた。

ある程度の演奏は出来る拓馬ではあったが、この1年生の指は何の訓練もしていない為、直ぐに疲れてしまうのだ。知識だけでは楽器の演奏は出来ないという現実を真理の家で実感した為、家では指の筋トレを行う事にした拓馬であった。

変わり者

学校では拓馬はすっかり変なヤツという印象が定着し、あまり話しかけてくる友達はいなかった。

それはそうである。授業中も常に図書館から借りてきた本を読み、大学ノートへびっしりと書き込んでいる。

先生も呆れており何も注意しなくなっていた。それでも先生は時折変なタイミングで拓馬をさしてはみるものの、即答で正解を答えられるから先生もつまらないのだ。

隣の真理とだけは仲が良く、家にもちょくちょく遊びに行ってはピアノを触らせてもらっていた。

自宅での指の筋トレが功を奏してきたのか演奏の腕前も徐々に上がってきていたが、いかんせん小学校1年生の手である。まだ小さい為、思い通り演奏できずにいた。

こればかりは体が成長してくれるのを待つしかない為、気長に構えていた。しかし真理は拓馬が毎日のようにやってきてはピアノを弾いている姿を見て「たくまくん わたしよりピアノじょうずになったね」と少し寂しそうに言った。

そう、真理の家に遊びに来るのはピアノの練習をすることが目的なので真理はあまり相手にしてもらえず、すねて居たのだ。

7月も後半に入りいよいよ夏休みが近くなってきた。暑いのだ。この時代エアコンがある家等ほとんど無く、せいぜい扇風機がある程度であった。

五十才の頃の気候と違い、倒れるほど暑くはならない環境で、時々五十才の頃の事を思い出すが、最近は徐々に思い出す回数は減ってきていた。

とにかくやりたいと思える事を見つけられた拓馬は、音楽一直線なのだ。もう周囲の視線や意見など耳に入らなくなりつつある拓馬であった。

しかし拓馬の母は相変わらず楽天的なので、拓馬のこの状況に気が付いていなかった。学校では変人扱いされ、家では部屋にこもり常に何かごそごそやっている。

同級生と比べると明らかに異常な子供である。しかし物事を深く考えない拓馬の母は気にしていなかった。

夏休み前に学校の担任の先生との三者面談が行われることになった。拓馬の面談の日、母は朝からおしゃれして、化粧台の前で一生懸命パタパタやっている。

鼻歌も聞こえてくる。見ているだけでこちらまで楽しくなってくる、何と言うか陽気な母だ。

すると、母は変なメロディーで「さ、準備出来たよ~♪」と腰を振りながらやって来た。

「ブッ」拓馬は思わず噴き出した。すかさず母は「なぁにがおかしいのよぉ~」とねじり寄って来たので「きゃぁ~食べられる~」と大騒ぎしながら逃げてみた。母は「こぉらぁ~」と言いながら追いかけてきた。

本当に普通の家での一幕なのだが、拓馬は本気で楽しめるようになっていたのであった。


つづく・・・第九話(9/42) 母も変な人



 
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