WS002343

学校に到着し、いよいよ三者面談が始まった。母はニコニコしながら小さな椅子に座り「お世話になります」とあいさつすると、先生から話が始まった。

「拓馬くんは変な子ですね」いきなりの言葉、母はハトが豆鉄砲くらった状態で「は?」と固まっていた。

先生は続けて「学校の授業中ですが、拓馬くんは全く勉強をしていません」きっぱり言い切った。そして「勉強していないのに授業の内容を全て理解し、質問しても全問正解」母は混乱し右の眉毛が上に上がり思考停止状態になってしまった。

更に先生が「なので、彼は天才ではないかと思います」と、この「天才」というキーワードに母は反応した。

「天才?」「天才、そう、拓馬は天才ですよね~」うんうんと話の意味を理解できていないのだが、これ以上ない上機嫌な状態になっていた。

隣で拓馬は(脳天気というのはこの人の為にある言葉ではないだろうか。)と冷めた目線で母を見ながら思っていた。

その母の様子を見ていた先生は(こりゃ理解してくれてないな)と半ば諦めの心境になり、「拓馬くんのやりたいようにやらせてあげてください。

そうすれば拓馬くんは勝手に伸びていきそうですよ」「天才ですから」と付け加えた。

「拓馬~ 先生が天才だって」と拓馬の顔を見て言うと「よかったわね~♪」とまた変なメロディーで歌うように言った。

拓馬は顔が真っ赤に充血しているのを感じ、早くこの場を去りたいと思った。面談は予定時間が5分位なので、これで終了となり教室を出た。

廊下に出ると母は「たっくまは てっんさい♪ たっくまは てっんさい♪」と今度は両腕を交互に上に突き上げながら腰を振って学校の廊下を練り歩いた。

隣の教室でも面談が行われており、順番を待つ親子が廊下に座って待っていたのだが、踊りながら歌う拓馬の母を、引きながら見ていた。一緒に歩けないと思った拓馬は5mほど後ろで他人のふりをしたのであった。

夏休み

いよいよ夏休みに入り、拓馬は学校と言う制約から解放された。もうこの頃になると五十才の頃に戻りたいとか、夢から覚めるのはいつか、などどうでもよくなっていた。

そして毎日真理の家に入りびたり、狂ったようにピアノを弾きまくっていた。そんな状況なので部屋の主である真理がいてもいなくても「おばさんこんにちは~」と言いながら真理の部屋へ直行していた。

そして8月に入った頃、いつものように真理の部屋へ行きピアノの蓋を開けようとしたら、開かない。

「あれ?」拓馬は下をのぞき込んだりもう一度蓋をガタガタしてみたが開かない。
すると真理が「もうこないで」と拓馬の隣で冷たく言い放った。

「あ、、、」五十才の拓馬の心が出てきた。(しまった、夢中になりすぎてた)真理に会いに行くのではなくピアノを弾きに来ているだけという状況に真理は寂しかったのである。

「ごめん・・・」拓馬はしょんぼりしながら謝った。しかし真理は「もうこないで」と繰り返した。

(やっちまった~)拓馬はがっくりして「ごめんね」と言い残すと部屋を出た。

さて、ピアノを弾けなくなった拓馬は困った。どこかで練習できないかと考えた。

「あ、学校の体育館にピアノがあった」思い出した拓馬は急いで学校へ行ってみた。

平成の時代とは違い、この頃は休日でも学校は自由に出入りできた。そして体育館へ行ってステージの上に上がってみた。グランドピアノが置いてある。

「よし」と蓋を開こうとしたら、開かない。カギがかかっている。「ここもダメか~」と学校を後にし、ふと先の方に商店街があるのが目に入った。

「あ、楽器屋さんがある」と独り言を言うと、拓馬は走り出した。はーはー言いながら楽器屋へ到着するとお店の中のピアノコーナーに行った。

沢山並べてあるので、早速座り練習をし始めた。まだ曲を演奏するというよりトレーニングという感じであったため、直ぐに店員さんがやって来た。

「ぼく ここで練習しないでね」すぐに止められてしまった。拓馬は店員の方を見た。

拓馬の眉毛は八の字になっており目には涙が溜まってゼリーみたいになっている。そんな顔を見た店員は少々困ってしまい「ぼく ちょっとまってて」と言うとカウンターの方へ行って何やら話している。

そして戻ってくると「ぼく あっちにスタジオがあるから、そこなら少し使ってもいいよ」と優しい言葉を言ってくれた。

たちまち拓馬の顔は晴れやかになり「おにいさん ありがとう」と満面の笑みで返した。本当におおらかな時代である。

スタジオへ案内された拓馬は一目散にピアノの前に走っていき、直ぐに練習を始めた。
その姿を見ていた店員も後ろでしばらく様子を見ており、気が付くと他の店員も見に来ていた。「どこの子?」と話をしていたが、そんな事も意に介さず拓馬は弾き続けた。

そんな状態で2時間ほど弾き続けた頃、先ほどの店員さんが「ねえ ぼく そろそろこのスタジオ、次の人の予約が入っているから今日はもうおしまいね」と告げると、ある程度満足した拓馬は元気よく「おにいさん ありがとう あしたも きていい?」と言うと、店員さんは「スタジオが空いている時間ならいいよ」と言ってくれた。

「やった~」と拓馬は大騒ぎしながら何度も「おにいさん ありがとう」と言いながら店を出た。それから夏休みの間中、空き時間のスタジオに拓馬は居続けた。

夏休みも終わりに近づいてきた頃、拓馬は夏休みの宿題を全くやっていなかったことを母に言われ、ドキッとした。

が、1年生の宿題だ、楽勝と思い即取り掛かった。あっという間に宿題も終わり、母に「おわったよ~」と見せに行った。

「あっは たくま~ そんなにすぐに終わるわけないでしょ~ ズルしちゃだめよ~ 見せてごらんなさい」と言って宿題を見始めた。

しっかりした字で完璧に仕上げてある。「あれ?」「たくま 本当に今やったの?」と珍しく真剣な顔で言った。拓馬は「だよ」とドヤ顔だ。

すると母の顔がみるみるうちに満面の笑みに変わり「やっぱり~ たくまぁ~ あんた天才~」と抱き付いてきた。ぎゅ~。

「母さん く・くるしい~」母に抱き付かれたという事は理解しているが、母はまだ若い、その若い女性の雰囲気に五十才の拓馬が反応してしまった。

五十才の拓馬は(なんか変な気分だ)複雑な心境でいた。「あらら ごめんごめん ごめんちゃい~♪」
と陽気に母は拓馬を放した。

夜になると父が帰ってきて、一緒に夕食を食べていた。その時拓馬はさりげなく「ねえ、ピアノが欲しいんだけど」と切り出した。

父は建築資材の会社を営んでおり、ある程度は裕福であった。父は「ピアノ買うのは良いが、続けられるかな?」と拓馬の顔を覗き込んだ。

「もちろん!」と拓馬は即答だ。父はよくわからないので「それじゃ明日の日曜日見に行こうか」と簡単に了承してくれた。

拓馬はご飯を口に入れたまま「やった~」と喜んだため、ご飯粒が大量に飛び出し、食卓の上のおかずと母の顔はご飯だらけになった。

喜ぶ拓馬の姿を見て嬉しくて仕方がない母は、笑いながらご飯粒を片づけていた。
もうすっかり五十才という精神年齢の拓馬はどこかへ行っていた。


つづく・・・





 
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