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日曜日の朝、家族そろって楽器店へ行くと「やあ拓馬くん また来たね」と店員に笑顔で挨拶され、出会う店員みんなが「おはよう拓馬くん」「いらっしゃい拓馬くん」と次々挨拶してくる様子に母は、ぽかんとしていた。

するとあのおにいさんがやってきて「おはよう拓馬くん きょうはお父さんお母さんが一緒かい?」と聞いてきた。拓馬は「うん そうだよ」と仲良しである。

父はそんな店に馴染んでいる拓馬の様子を見て、店員に聞いてみた。「うちの子はいつもここへ来ているのですか?」と。

すると店員は「はい いつも奥のスタジオでピアノ練習していますよ」と教えてくれた。

父は(これは買ってあげなくては)と乗り気になり店員に色々話を聞くことにした。楽器などまるで縁が無かった拓馬の父は、値段を見て内心冷や汗を流した。

(こんなに高いのか・・・)それに重量もありそうだ。店員に聞くと、専門のピアノ搬入業社もいて、到着後「調律師」に音を調整してもらうという値段も付いてくる事を知り、更に体温が下がる思いであった。

小学校1年生にこんな高額な楽器等必要なのだろうか、と不安の方が大きくなりつつある心境の父は、腕組みをして考え込んでいた。しかしそんな様子もお構いなしに店員は話を続けた。

店員が言うには拓馬の腕前は1年生レベルでは無く、集中力も凄いと絶賛である。かなり音楽的な才能が有りますよ、とたたみかける。

父は(この店員 セールストークがうまいな)と思いながら、スタジオも見せて欲しいと言うと「こちらへどうぞ」と案内してくれた。重い防音のドアを開くと、すでに拓馬が物凄い勢いで練習していた。その後ろで拓馬の母は両手を口に当てて驚きながら見ていた。

父は(あの店員 セールストークなんかじゃ無くて 本当にこの子は凄いと思ったんだ)と驚き、店員の言う言葉を信用する事にしたのだった。

その後アップライトのピアノの購入を決めた。納品日等の打ち合わせを終えた頃、丁度スタジオに次の予定の人が来たという事で母と拓馬が出てきた。

父は嬉しそうに「拓馬、ピアノ買ったからね すぐに家に届くよ」と告げると、拓馬はまた目がゼリーになって「父さん ありがとう ありがとう」と何度も繰り返した。

ピアノがやってきた

拓馬の家は平屋で一軒家、早速拓馬の部屋へピアノが搬入され、調律師がチューニングを確認し、納品完了。業社が帰ると自分の部屋にはでーんとピアノが置かれていた。

前世の子供の頃はピアノなど買ってもらえず、諦めていた事を思い出していた。(やはりこの人生は、いくらでもやり直しができる)と拓馬は実感していた。

そして色々な場面で自分の中に沸き上がる感情が、すっかり子供の純粋な感情である事に気が付いていた。

知識だけは五十才の蓄積があるが、心は子供に戻って行っている。そんな不思議な感覚を覚えながら、でも今は目の前にある現実に喜びを感じている。

一瞬だけそんな事を考えたが、やはり沸き上がる衝動に突き動かされ、直ぐにピアノを練習し始めた。

昭和四十年代の木造家屋である。家中ピアノの音が響き渡った。納品初日は父も母も嬉しかった。

しかし3日、4日とひたすら聞こえるピアノの練習の音に参り始めていた。

ピアノの音が響いてくる居間で拓馬の父と母はお茶を飲みながら「はぁ~ 参ったね」「うん 参ったね・・・」とため息をついていた。

翌日父は建築関係の取引先で、防音の事について聞いてみた。そして拓馬の部屋を防音仕様に改築する事にし、その後工事も順調に進んだ。

多少は聞こえてくるもののほとんど気にならなくなった母は、以前の楽天的な母に戻っていた。

新学期

9月に入り新学期が始まると、もう学校もすっかり慣れていた。久しぶりの同級生達の顔を見るも、あまり友人のいなかった拓馬には仲間という意識が湧いてこず、他人事のように教室では浮いていた。

あれほど仲が良かった唯一の友達である真理も少しよそよそしい。

拓馬にはどうでもいい事であった。早く学校を終わり自宅へ帰りたいというだけであったのだ。

それにしても授業内容は1年生なので、初日から拓馬はそんな授業に付き合う気も無く借りてきた本を広げ、そちらに集中していたのである。

そんな日々が数年続いていった。

高学年

いよいよ拓馬も5年生になった。この頃にはもう五十才の頃の精神的な感覚はすっかり消えていた。クラス替えでクラスメイトもがらりと入れ替わり、知らない顔ばかりになった。

もうこの年齢になってくると同級生達も考えがしっかりしてきている為、拓馬の異常な行動はすぐに話題になった。

変なヤツだが勉強は抜群に出来る。相変わらず友人の少ない拓馬ではあるが、何でも知っているという事で休み時間になると質問攻めに遭う事も多かった。

しかし圧倒的に座っている時間が長い拓馬は体力がからっきしであった。その為、体育の授業が本当に苦痛の時間だった。

本も読めないし、跳び箱だとかマットだとか、冬になるとマラソンとかを走らされ、目が回っていた。

もう面倒なので、体育の授業がある日はマスクをして学校へ行き、体育は見学と称して本を読み続けていた。

そんなある日、クラスメイトの女の子を見て「かぐや姫?」と驚いた。水野美沙という同級生なのだが、ヘアスタイルが、かぐや姫の本に出てくるイラストのまんまであり、その可愛らしさに目を奪われた。

色気づいてきたのである。クラスメイトにまるで興味を示さなかった拓馬が初めて興味を抱いた瞬間であった。本を読みたい、しかし美沙を見たい。

そんな揺れる心に拓馬は困惑していた。いつも授業等無視して自分のやりたい事ばかりやっている拓馬、先生も気にしていない。

しかし拓馬が美沙ばかり見ている様子を見て、先生は「おい岩城、水野に見とれてるな お前も男だったか」と授業中にからかった。

教室は爆笑、美沙は顔が真っ赤になり下を向いている。こうして拓馬は美沙が好き、という事にがり、冷やかされるようになった。

それから美沙も拓馬を意識するようになったのだが、拓馬はそれどころではない、まだまだ覚えたい事ややりたい事が山積みで忙しかった。


つづく・・・





 
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