WS002347

吹奏楽部の顧問、山下先生は授業は美術を教えている教師であり芸術畑の人だ。ヘアスタイルはもじゃもじゃ。黒縁の眼鏡をかけていて、ちょっと教師という雰囲気とは違っていた。

給食の時間になると山下先生は放送室へ行き、FMラジオのDJのように軽快なトークと音楽を織り交ぜて生徒たちの昼食の時間を楽しませるという変わり者先生だ。そんなフランクな雰囲気が生徒達には大人気であった。

そんな顧問の先生がいる吹奏楽部なので、拓馬は最初から飛ばしていた。既に高校の吹奏楽部で色々な楽器を練習したり、と場慣れしておりどんどん先輩にも絡んでいった。

先輩たちは拓馬に何が出来るのか知らない為、引き気味で見ていたのだが、山下先生に言われてピアノを演奏したら、その腕前に先輩たちは度肝を抜かれた。

そして新入部員の挨拶が行われ、一人一人コメントを求められ、拓馬にコメントの順番が回って来た。

拓馬は元気よく話始めた。
「皆さんこんにちは、僕は音楽が大好きです。音楽は「音」を「楽」しむと書きます。そしてその楽しみ方は人それぞれだと思います。聞いて楽しむ、演奏して楽しむ、みんなでアンサンブルで楽しむ、僕は究極の楽しみ方をしたいと考えています。それは演奏を聞いてくれる人が感動する音を出す事です。それではよろしくお願いします」

先輩たちから「お~~」と声が上がると同時に拍手が沸き上がった。挨拶が終わり山下先生の所に集まった1年生は担当する楽器を選ぶことになった。

拓馬はもちろんピアノ希望だ。山下先生も「岩城はピアノだな」と話が早い。そこへ女の子が「私もピアノ希望です」と声を上げた。

遠山輝美である。背の小さな女の子だ。山下先生は「よし、それじゃピアノとオルガンがあるから二人で担当してくれ」と即決した。拓馬と輝美は「よろしくね」と握手をした。

これが前回の人生で夫婦となった輝美との出会いの瞬間であった。輝美は丸く、ちょっとたれ目なキラキラした瞳で拓馬を下から見上げてニコニコしていた。この頃拓馬は身長が伸びてきており、既に160cm位であった。

拓馬はその目を見た瞬間、前回の人生で自分の妻になった人であると気が付いた。そして「あれ?」と不思議に思った。前回の人生で自分は陸上部に所属しており、輝美も陸上部であったはず。

前回の人生では拓馬は体力自慢のスポーツ少年だったのだ。そして(へぇ~自分が前回の人生から変化すると、周囲の環境も変化するのか)と考えていた。

(するとやっぱり今回の人生も輝美と結婚することになるのかな?)とか思ったが(今回は美沙がいいな)とか妄想は続いていった。

部活も終わり帰宅した拓馬は、前回の人生で聞いた音楽の事を考えていた。40才を過ぎても好きで聞いていた曲が有ったのだが、今回の人生ではまだ発表されていない曲だった。

「もし今前回の人生で聞いた曲を、自分がこの人生で発表してしまったらどうなるのだろう」これは困った事を思いついてしまったと拓馬は考えていた。

「待てよ、まだ発表されるまで時間もあるし、前回の人生でこの曲を作った人はまだ思いついていないかもしれない」「試しに先に発表しちゃおうか」もう違う人生だから盗作にはならないだろうと思い、試しにやってみる事にした。どうしても好きな曲で演奏してみたいと思っていた曲だ。

そう思ったら即譜面を書き始めた。「ルパン三世のテーマ」80年バージョンである。

今回の人生では現在73年なので発表まで7年も猶予がある。「本当にいいかな~」と少々迷ったが、もしかして歴代の作曲家たちも同じように覚えていた曲を発表している可能性もあると考え、やってみる決意を固めた拓馬であった。

吹奏楽部で演奏できるように、構成を考えながら譜面を起こしていった。もう、あっと言う間に出来上がった。そしてベッドに寝転がり天井を眺めていた。

ぼーっとしていると、不意に映像が浮かんで来た。森の中だ。その森の中を白いドレスを着た女の子が、迷っているかのようにキョロキョロしながら歩いている。

ちょっと開けた場所に出ると、そこには木の切り株があり、巨大なキノコがパラソルのようにある。そしてウサギがタキシードを着て立っている。完全にファンタジーの世界だった。

そんな映像を見ながら拓馬は「なんだこれ?」と不思議に思ったのだが、そこへ音楽が流れだした。

「あ!」拓馬は思い出した。これも前回の人生で大好きであった曲「月のワルツ」である。なぜ今この曲を思い出すのか意味が分からなかったが、懐かしいのでまた映像を見続けると、迷子になっていた女の子がクルリと振り返った。拓馬はドキッっとした、その女の子は水野美沙であった。

「あっ」「あっ」「そうか」「そうだ」拓馬は色々な事が次々と頭の中で展開され、1本の道筋が見えてきた。

前回の人生で美沙は学校卒業後、普通に結婚し主婦として収まっていた。そんな美沙を見ていて物足りなさを感じていた事も思い出した。

文化祭で吹奏楽部のステージの時、月のワルツを美沙に歌ってもらえないだろうか。そうする事により美沙ともう少し音楽を通じて知り合えるし、彼女をもっと輝かせることが出来るかもしれない。

もっと美沙の笑顔と感動した姿を見たいという欲求が湧き上がって来た。

早速譜面を書き始めた。歌詞も思い出しながら書いていたのだが、どうしても細かい所を思いだせなくて、足りない部分は新たに考えて完成させた。

「よし、ルパンは明日学校へ譜面を持って行って山下先生に相談しよう」「それから月のワルツも明日美沙に相談してみよう」そう思うと拓馬はワクワクしてきて眠れなくなった。

譜面の見直しと細かい所に手を加えていた。が、まだ中学1年生。机の上に伏せったまま朝が来たのであった。

翌日学校で早速美沙に歌の事を相談してみた。「水野さん、ちょっと聞いてほしい事があるんだけど」そう言うと美沙は「え?なに?」と拓馬の目をジッと見つめた。

その目力に拓馬の脈拍が急上昇した。心臓が喉の辺りを行ったり来たりしているように感じながら、月のワルツの譜面を美沙に見せた。

「この曲なんだけどね、昨日譜面を書いたんだ」と拓馬は言った。確かに書いたという言葉に嘘は無い。作曲したとまでは言えない拓馬の純粋さがそう言わせたのであった。

美沙は譜面をいきなり見せられてもすぐには分からない。そこで拓馬は「歌詞を見て」と促した。

そこにはファンタジーなおとぎ話が書かれており、それを見た美沙は「あらかわいい歌詞ね」と笑顔で読んでいた。

拓馬が「実はね」と言うと美沙は顔を上げ拓馬を見つめた。拓馬はつづけて「この歌を水野さんに歌ってもらいたいんだ」と言ってみた。

「え~~~~~」と美沙は驚いて、すかさず「むりむりむり~」と拒否反応。拓馬は拒否されるのは分かっていた。だからここで落ち込んだりしない。「一度僕の家でこの曲を聞いてほしいんだ」と言ってみた。

「え? 岩城君の家?」と美沙は真顔になった。拓馬は「うん 防音のスタジオが家にあるからそこで聞いてほしいんだ」と続けた。

その拓馬の真剣な目を見て、美沙は「わかったわ、聞くだけ聞くけど歌うなんて約束できないからね」と念を押された。

拓馬は「もちろん!とにかく聞いて!」とたたみ掛けた。「じゃ明日の土曜日の部活が終わってからどう?」とすかさず予定を聞くと美沙は「はい それじゃどこで待ち合わせする?」という言葉に拓馬は舞い上がってしまった。拓馬はこの後あたふたしながら予定を決めて席へ戻って行った。

そしてその日の放課後、吹奏楽部の部室で山下先生に昨日書いたルパンの譜面を見せた。「先生、これみんなでやりたいんですけど」その譜面をじっくり見た山下先生は「これは凄いけど中学生に出来るか?」と心配そうな顔をしていた。

「どこまで出来るか分からないけど、出来たらカッコイイと思いませんか?」と拓馬が言うと先生は「そりゃそうだな、よし やってみよう」と言って1年生を呼び集めた。

「今日は1年生は分担して、この譜面のガリを書いてくれ」と仕事を振り分けた。この頃はコピー等まだ無い時代でガリ版印刷が主流であったため、拓馬の書いた譜面をガリへ写すという工程から印刷が必要であった。

譜面が出来上がると、先輩も含めて全員にルパンの譜面が手渡され、やってみようという事になった。

あちこちで「これは厳しい曲だな~」とおいう声が上がっていた。一人の先輩が「先生、こんな難しい曲やるんですか?」と質問すると山下先生は「それは岩城が書いてきたやつだ」と説明した。

するとガリで写した1年生も先輩も皆そろって「えぇ~!」と声がシンクロした。先輩たちは、ちょっと難しい曲だと感じていたのだが、入学したばかりの1年生が書いた譜面を難しいとは言えなくなっていた。

メインのドラムは3年生が担当していたのだが、この譜面をしばらく読んだあと「岩城~これ、ちょっとイメージ湧かないんだが説明してくれないか?」と言ってきた。

拓馬は「どの辺りですか?」と聞いて「じゃちょっと叩きますね」と言うとドラムセットの前に座った。「お前ドラムも出来るのか?」と驚く先輩に「はい」と笑顔で答えながら自分に合わせてセッティングし「こんな感じです」と叩き始めた。

その様子を見ていた他の楽器の先輩たちも、目がまん丸になっている。ザワザワと部室が騒がしくなった。山下先生が「おい岩城、お前どこでドラム練習したんだ」と聞いてきたので、はい楽器屋のスタジオとか知り合いの所で」と適当に答えておいた。

そんな姿を見てしまったからには先輩たちは益々出来ない等とは言えない状況に追い込まれてしまったのであった。そんなざわついた中でピアノ担当の輝美は遠くから拓馬を目で追っていた。


つづく・・・




 
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