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そして翌日、今度は美沙との約束である。
部活が終わると大忙しで片づけてバタバタと拓馬は出て行ってしまった。そして美沙との約束の場所へ急いだ。

学校の裏門の辺りへ走っていくと、黒い革のカバンを両手で前に持って、美沙が待っていた。美沙は身長が高く拓馬とほぼ同じ160cm、中学1年では高身長である。

この頃は頭髪の基準も厳しく男子は丸坊主、女子はおかっぱ、と飾り気を出すことを極端に禁じられた時代である。

少し細身の顔である美沙がおかっぱにしているのだが、背が高い分肩までの長さがあり、おかっぱというヘアスタイルの名前は全く似合わないほど美しかった。

前回の拓馬の人生では、この美沙に美しすぎて恐れ多い感情を抱いていた為、話しかける事すらできなかった。

そんな事を思い出した拓馬ではあるが、今度の人生では放課後に、この美沙と待ち合わせをして現実にそこで待っていてくれる。その姿に感激しながら拓馬は美沙に駆け寄った。

「おまたせ」と言うと美沙は静かに微笑んで拓馬を見ていた。「それじゃ行こうか」と拓馬は美沙と一緒に歩き出した。緊張しながらも拓馬は、踊り出したいほどの嬉しさを押し殺し、平静を装った。

学校の裏門から拓馬の家まで歩いて15分程の距離を二人で静かに歩いた。少し歩くとグランドの横に差し掛かり、野球部がまだ練習していた。遠くから見ても美沙の美しさは際立っている為とても目立つのだ。

いつもなら美沙は正門のほうから帰るので、このグランド前を通過する事は無かった。野球部員の視線が美沙に集まっていた。

1年生の拓馬から見ると3年生の先輩たちは、既におっさんである。五十才まで経験した記憶があるのに心はもう完全に中学生の感性になっていた。

住宅街へ進むと拓馬の家が見えてきた。玄関に到着すると拓馬は「ここだよ どうぞ」と招き入れ、玄関で靴を脱いだ。

するとそこへ拓馬の母が「おっかえりぃ~♪」とスキップしながた登場した。

「あっ・・・」拓馬は一瞬冷や汗が出た。(は・恥ずかしい・・・)拓馬は右の眉毛が上がり、左目を細めながら母を見た。

「クラスメイトの水野さんだよ」と母に紹介すると、「あらぁ~きれいな子ね~どうぞ~♪」と上機嫌だ。

そして母が「紅茶かジュース飲む? ケーキでも買ってこようか? お菓子は? お腹空いてない?」マシンガンだ。拓馬は「母さん いいから・・・」と眉毛が八の字になりながら左手を振って遮った。

振り返って美沙を見ると、少しうつむいて右手で口元を隠しながらクスクス笑っている。その美しい顔と可愛さがミックスした雰囲気に、拓馬はスリッパが滑り、ドタッと音を立ててコケそうになった。

そんな様子を見て美沙は堪え切れなくなったのか「あっはっは」と声を出して笑った。拓馬は「母さん、もういいから行って行って」と背中を押すと「はいはい♪」と腰を振りながら去って行った。美沙が小声で「面白いお母さんね」と言うと、またクスッと笑った。

防音を施され分厚くて重いドアを開くと、美沙が「なにこれ~」と驚いた。拓馬は「ピアノの音が家中に響いてうるさいから父さんが作ってくれたんだ」と説明した。

この部屋へ友人を招き入れるのはこれが初めてである。美沙は部屋中をキョロキョロ眺めていた。

6畳間位の空間だが、防音の為窓は無い。入ってすぐ右にベッドが置いてあり、左には勉強机とピアノが並べて置かれている。そしてその奥には天井まで届く本棚がありそこには本がびっしり置かれている。

入口の左側にも本棚があり、そこにはノートが沢山積まれている。ベッドの頭の所にも棚があり、ラジカセやテープがどっさり、中学生の部屋としてはカオスな空間である。

美沙も男の友達の部屋へ入ったのは初めてであったから、男子の部屋など知らなかった。それが初めて来た男子の部屋がカオスという事でかなりの衝撃を受けた。防音室なので外の車の走る音とか雑音が無く、静かであった。

拓馬は「ごめんね 物が多すぎて狭いけどその椅子へ座って」と勉強机の椅子へ座るよう促した。拓馬はピアノの椅子へ座り、ラジカセを持ってきて準備していた。

この部屋へ来るまで美沙は拓馬がピアノを弾ける事を知らなかった。「ねえ岩城くん、ピアノ弾けるの?」と素朴な質問が美沙から来た。「大好きだよ」と拓馬は返す。

美沙はピアノが弾けるのか?と質問したのだが、大好きだよという返答に顔が赤くなった。自分の事が大好きだと言われているような気がしたのだ。勘違いだと分かっていても男子の部屋で「大好きだよ」という言葉を言われた事に少し緊張してしまった。

「よし」と拓馬が準備を終え、昨日見せた楽譜をもう一度美沙に手渡した。拓馬は多重録音でデモテープを作っておいた。

「歌は入ってないけどこんなイメージの曲なんだ」と言ってラジカセを再生させた。ワルツを基本とした曲だがジャズアレンジされておりその曲を聞き始めると美沙の顔がみるみる笑顔になっていき、目が輝いていた。

そして曲が終了すると美沙は「これ岩城くんが作ったの?」と少し前のめりにまっすぐ拓馬の方を見た。拓馬は「いいでしょ」ともう自信満々のドヤ顔である。

そして歌のメロディーを教えながら「もう一度テープを再生しよう」と巻き戻した。そして今度はテープを再生しながら拓馬が歌った。それを聞いていた美沙は少し後ろへ反り返るように背筋を伸ばして上半身で軽くリズムに合わせて前後に揺れた。

歌を聞き終えると美沙は「岩城くんの歌を録音したテープが欲しいな」と少し首を左へ傾けながら言うのであった。またまたその姿に拓馬の心臓は喉の辺りを上下に行ったり来たり繰り返した。

拓馬は忙しい自分の心臓を落ち着かせるために大きく深呼吸し、「はっ」と一息ついて美沙の顔を見た。時間が止まったかのように見つめ合った。今度は美沙がドキドキし始めていた。

「ズシッ」重いドアを開けて拓馬の母が
「紅茶とお菓子をどうぞ~♪」といきなり入って来た。美沙の目が一瞬大きく見開いて右手を自分の胸に押し当てている。

(どうしてこういう緊張したタイミングが、分かっていたかのように入って来るかな~)と拓馬も驚きながら母を見るとニッコニコである。

全く悪気も無いのは分かっていたから「ありがとう母さん」とお盆を受け取り机の上に置いた。

「それじゃごゆっくり♪」と母はウインクして部屋を出て行った。拓馬は美沙に「ごめんね びっくりしちゃったね」と笑うと美沙も「はーびっくりした」と苦笑いしていた。

「冷めないうちに紅茶飲もう」と拓馬がお盆を引き寄せると「お、レモンとミルクが両方ある。母さんよそ行き仕様で来た」と笑うと、美沙は「おしゃれなカップ センスのいいお母さんね」とほめていた。

「私はミルクがいいな」と美沙が言うと「オーケーミルクね」と言いミルクポットを手前に持って来た。「量が分からないからお好みで入れて」と美沙の前にポットを置いた。

紅茶を飲みながら拓馬は「何か曲をかけよう」とラジカセのテープを入れ替えた。ほとんど拓馬自身が演奏したジャズ系のピアノの曲が入ったテープをかけると、美沙は「これジャズ?」と聞いてきた。

拓馬は「そうだよ」と返すと美沙は「いい雰囲気~ 誰が演奏しているの?」とアーティストの名前を聞いたつもりであったのだが「おれだよ」と拓馬が言ったので、紅茶のカップを口に付けたまま目がまん丸になった。

コクンと一口飲むと美沙は「これ?」とラジカセを指さし、そのまま右手がすーっと動き、その指が拓馬の胸の辺りを指した。
拓馬は笑顔のまま顔を上下にうんうんと動かした。

美沙はまさか拓馬がここまでの腕前だとは知らず、相当な衝撃を受けていた。美沙は小さな声で「すごぉい」と言うと拓馬の目をチラッと見て、また紅茶のほうを見て一口飲んだ。

もう拓馬はこの美沙の姿を見ているだけで嬉しくて、このままずっと・・・とかべたな事を考えていた。しばらく紅茶でくつろいだ頃拓馬が「よし 録音しよう」と立ち上がった。

デモテープを準備し、マイクもセット。そしてテープを流すと拓馬の歌声を録音し、歌入りのデモテープが完成した。

テープに手書きで「拓歌入り月のワルツ」と書いてテープケースに入れ、美沙に手渡した。美沙は感激してしまい受け取ったテープを両手で胸の辺りに押し付けて「ありがとう」と拓馬を真っ直ぐに見て言った。


つづく・・・




 
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