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美沙は「ねえ 何か生演奏聞かせてほしいな」とリクエストが出てきた。勿論拓馬は「いいよ~」とピアノの蓋を開いて準備し始めた。

拓馬は鍵盤の上に両手をそっと置き、一呼吸、そしてジャズピアノソロで演奏を始めた。弾き始める前の一瞬の緊張に美沙も息が止まっていた。

演奏が進むにつれて、美沙は全身に電気がビリビリ走るのを感じ、頭の中は真っ白、見とれていた。演奏が終わると美沙は胸の前でパチパチと拍手してくれた。

そしてよく見ると美沙の目がゼリーのようになっている事を拓馬は発見した。拓馬は「あれ?泣いちゃった?」と首をかしげながら美沙に言うと、美沙は
「感動しちゃった」と今度は両手で口元を隠していた。

拓馬の音楽の夢、演奏で人に感動してもらいたい。

この拓馬の目標としている事を美沙相手に達成できた喜びは拓馬にはたまらない。天井を逆さまになって走っていきたいほど拓馬も感動して嬉しさがこみ上げてきた。拓馬はそのまま美沙を抱きしめたい衝動に駆られていたが、驚かれても困ると思い、ぐっと我慢した。

そして楽しい時間は超高速。そろそろ美沙も帰る時間になり拓馬は「家でテープ聞いてみてね、で また遊びにおいで」と言うと美沙は「はい また来させてね」と拓馬にとって理想の展開、心の中で拓馬はガッツポーズを繰り返した。

揺れる心

美沙の父親 真一は医者であり、ダンディという言葉が良く似合う落ち着いた雰囲気だ。美沙から見ても父はカッコイイのだが、少しだけ気が弱い所が笑いを誘うポイントでもあった。

母 由美子は良家のお嬢様といった上品な雰囲気で家の中は常に落ち着いた空気が流れていた。母は物腰が柔らかくて常に笑顔、父と意見が分かれても柔らかく柔らかく話を展開させ、結局母の意見が通るといった芯の強さがあるようだ。その性格は美沙にしっかり受け継がれていた。

美沙は家に帰ると自分の部屋へ直行した。早くテープを聞きたいのだ。机にラジカセを持ってきて、おかっぱの髪を耳の後ろにかけ、ヘッドホンを両手で抑えながら聞き始めた。

ヘッドホンで聞くと、拓馬の部屋の臨場感まで繊細に聞こえる為、曲が始まる前のノイズであっという間にさっきまでいた部屋に意識は戻っていた。そしてピアノの伴奏から拓馬の歌声が聞こえてくると、曲を聞いてというより拓馬の声にドキドキが止まらなくなっていた。

曲が終わるとすぐに巻き戻して再生、3分ちょっとの曲を何度も繰り返し聞き続け、帰宅してから1時間以上聞き続けた。もうすっかり曲を覚えてしまった美沙は、一旦聞くのをやめて着替えをした。

かなり気に入っているようだ。着替えながら今度は口ずさんでいた。美沙の頭からこの曲が離れなくなっていた。夜、布団の中で美沙は考えていた。

「この曲を私に歌ってほしいって、どういう事かしら?」まだ十三才の美沙では想像もつかなかった。「明日 岩城くんに聞いてみよう」とそのまま眠りについた美沙であった。

そして日曜日の朝、美沙は拓馬の家に電話をした。拓馬の家で電話がジリリリリーンと鳴った。

拓馬の母が小走りで玄関まで来て「はい岩城でございます」と明るく出ると 「おはようございます 昨日お邪魔しました水野といいます 昨日はありがとうございました。拓馬くんいますでしょうか?」 と言うと拓馬の母は「あー昨日の~ まぁ~丁寧な言葉を使うのね~ちょっとまっててね♪」 と受話器を置いて拓馬の部屋へ向かった。

ズシャっと重いドアを開くと拓馬はまだ寝ていた。
「拓馬 拓馬! 水野さんから電話よ 拓馬!」と揺り動かした。「ん? みずのぉ~?」寝ぼけている拓馬が「水野!」といきなり目が覚め、ガバッと起き上がると、母は「昨日来た彼女から電話よ♪」と伝えた。

拓馬は大慌てでパジャマのまま玄関へドタドタ走って行った。「はい!たふまでふ!ほはよう!」と早口で言うと、電話の向こうで美沙がクスクス笑っている。

美沙は「今起きたの?」と言いながらまたクスクス笑った。「あ、いや・・・そう なんだけど」と一瞬で見抜かれて拓馬は照れるしかなかった。

そして美沙は「昨日頂いたテープの曲の事なんだけど」と言うと拓馬は、ようやく意識がしっかりしてきて「あぁ聞いてくれた?」と返すと美沙は少々照れながら

「うん 聞いた。聞きすぎちゃって頭から離れなくなっちゃった」という言葉を聞いて拓馬はジーンと嬉しさがこみ上げてきた。拓馬が「よかった」と平静を装いながら言うと美沙は「この曲を歌ってほしいって言っていたけど、どこで歌うの?」と聞いてきた。

拓馬は「間に合えば今年、それか来年の文化祭のステージでと考えているんだ」と説明した。美沙は「えぇ~文化祭で歌うの~?」と驚いていた。

そして「ちょっと自信無いな~」とトーンダウンしていた。拓馬は「いいよ、ボイストレーニングして楽しもうよ」と言うと美沙は「ボイストレーニングって何?」と聞き返してきた。

「あ、発声練習の事だよ。歌も練習するとうまくなるからね」「で、歌えそうだなって思えたらやってみようよ」と言うと、美沙は「はい 出来るかどうか分からないけど、教えて」と乗り気になってくれた。

もう拓馬は大声で叫びたい気持ちを抑えて抑えて「おーけー」と、何とか言うのが精いっぱいであった。そして美沙は「この後そっちへ行っていい?」と言うので拓馬は「もちろん!!」と大声で返事してしまった。電話の向こうで美沙は「あは」と笑い「それじゃまたあとでね」と言って電話を置いた。

さー拓馬は忙しい。急いで着替えをして部屋を片付け、とりあえず何か食べて、歯を磨いてとドタバタであった。

何とか準備が出来た頃にピンポ~ンと呼び鈴が鳴り、美沙がやって来た。「はぁ~い♪」と拓馬の母が玄関へ向かうと、後ろから拓馬がダダダダダと走って来た。

拓馬の母が驚いて立ち止まり、振り向くと「わぁ」とぶつかりそうになり拓馬はスライディングしながら玄関へ落ちた。お尻を強打した拓馬が身悶えている所へガチャっとドアが開き、美沙がいた。

「あ、水野さん」その光景を見ていた拓馬の母は可笑しくて笑いを必死に堪えていた。「プププ・・・拓馬 大丈夫?」と言うと拓馬は母の方を見て「だ 大丈夫だよ」と言うと右の目から涙がこぼれていた。

その向こうには美沙が驚いて立ち尽くしていた。ついに堪え切れなくなった母は「アッハッハッハ!」と笑いだした。拓馬は痛みを堪えるのに必死。美沙が「大丈夫?」と声をかけると拓馬は「うん」と小さくうなずいた。

なんとなく様子が理解できた美沙はクスクス笑い始め、拓馬の顔がみるみる赤くなっていった。それを見て拓馬の母の笑い声が更に大きくなった。

「あっはっはっはっは! くるしい たすけて あは あはははは」拓馬は何とか立ち上がり、美沙に「どうぞ」と家へ招き入れた。

爆笑する母の隣を通り過ぎる時、拓馬は「母さん 笑いすぎ」と言うと今度は美沙が「あはははは」と声を出して笑い始めた。

「あははは ごめんごめん拓馬」「あはは ごめんなさい岩城くん」と両方から声がした。拓馬はしょぼくれながら「もういいよ」と一言言って部屋へ向かったのであった。


つづく・・・




 
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