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そして夏休みに入って授業という制約から解放された拓馬は、部活で学校へ行く時間以外は、ほとんど外出することなく自宅のスタジオに籠っていた。

そしてその半分ぐらいの時間は美沙も一緒に過ごした。拓馬にとっては夢のような時間である。

この頃になると拓馬は水野さんではなく美沙と呼び捨てで呼んでいた。が、楽しい時間は超特急。夏休みも終わりに近づいてきた頃、美沙も歌にかなり自信が出てきたようで、披露してみたいという思いが出てきていた。

これはいけるかな?と手ごたえを感じた拓馬は、夏休みが明け学校が始まると、山下先生に「月のワルツ」の譜面を持って相談に行った。

「山下先生、この曲を文化祭のステージでやりたいと思うんですけど」と言うと、譜面をしばらく眺めた先生は「文化祭でやるにはいい曲だけど、誰が歌うんだ?」と言うと「実は水野美沙さんに歌ってもらおうと、半年近く前からボイストレーニングをしていたんです」と答えた。

山下先生は勘がいい「あ、だからお前はいつも部活を早退していたのか」拓馬は「はい、そうなんです」と言うと先生は「お前がそれだけ準備してきて譜面を持って来たという事は、歌も完成度が高そうだな」と期待して、「よしやってみようか」という事になった。

その日の部活で、1年生が集められ、またガリ版印刷で譜面を全員分作る作業が行われた。

文化祭まであと一月半、ちょっと忙しいスケジュールだがルパンも完成に近い状態だから新曲も追加することになった。そして新曲の練習が始まった。

歌がメインの曲なのでバックの演奏はそれほど高度な事は要求されず、まとまるのは速かった。文化祭まであと半月。ここでいよいよ美沙が呼ばれた。

陸上部の顧問の先生とは既に話が付いており、美沙はしばらく吹奏楽部にいる事になった。拓馬は一番気を付けたのが美沙の緊張である。

美沙が来る前にその事を先輩たちに伝えると、皆その意味は身をもって理解しているのですんなり了承してくれた。

ガラッとドアが開いて美沙が入って来た。先輩たちから「おー」と声が漏れてきた。「おいおいこの学校にこんな綺麗な子がいたのか」と騒めいた。

マイクも用意されていたので、拓馬がまず紹介して美沙にマイクを渡した。マイクを持つ美沙の手がカタカタ震えているのが分かった。

拓馬は隣から「深呼吸~」と言うと美沙は大きく息を吸い、それを何度か繰り返した。そして拓馬は「にっこり笑顔ね 自宅スタジオと変わらないから」と言うと、美沙も拓馬の方を見てニコッと笑う。

美沙は前を向きなおして「水野美沙です よろしくお願いします」とぎこちなく挨拶をした。拓馬が「それじゃ音合わせお願いします」と言うと440ヘルツの音が各楽器から「ボー」と出され、美沙も自宅スタジオで練習したように「あーーーーー」と音を合わせていた。

美沙の緊張が和らいできたのを確認した拓馬は「それじゃ「月ワル」お願いします」と言うとピアノの前に座った。オルガンの所には輝美が座りスタンバイ。

いきなり思った以上にまとまりが出て、美沙の顔は更に明るくなった。山下先生も聞きほれていて、曲が終わると「いいなぁ~この曲~」と感心していた。

すかさず拓馬は「もう一回行きましょう」と何度も繰り返した。美沙は思った以上に歌を歌う事が楽しいと気が付いたらしくすっかりみんなに溶け込んでいた。拓馬のピアノの後ろにオルガンがあり、拓馬が演奏する姿を後ろから輝美は見続けていた。

1週間ほど練習が進み、美沙はすっかり自信を持っていた。

美沙は自宅に帰り、居間のテーブルにいる母の前に座ると「お母さん、今度の文化祭ね 私吹奏楽部で歌を歌うわ」と告げた。母は「え あなたが歌?」常に冷静な美沙の母 由美子が少し動揺した。

すると美沙の父がキッチンからコーヒーを持って「お前が歌を歌うのか?」と言いながら同じテーブルについた。ダンディなのだが少々気が弱い父は「う・う・うたって、どういう・こ・こ・事だ?」と完全に動揺している。

母 由美子の冷静な性格を受け継いでいる美沙は落ち着いて「あのね 岩城拓馬くんって同級生がいてね 彼ピアノがすっごく上手なの」
「そして彼の作った曲が素敵で、それを私に歌ってほしいってお願いされたのが4月頃、それからずっと練習していたの」と説明すると、母はもう落ち着いている状態で

「あら そんな前から準備していたのね それでは美沙の歌 楽しみだわ」と言ってくれた。父も動揺しながらも「い・いつやるんだ?」と言うので「今月11月の10日土曜日が初ステージで11日の日曜日が一般公開よ」と伝えた。

父は「よし、それじゃ10日の初日見に行こう」と言うと、美沙は「校内発表だから一般公開は11日よ」と「いや初日は10日なのだから先生にお願いして入れてもらおう」と、もう前のめりである。

美沙の父はすぐに学校へ電話していた。戻って来た父が「よし、オッケーもらったから特別に後ろで見れるぞ」と言うと母が「あら初日見れて嬉しいわね」と家族のテンションも上がったのだった。

文化祭

いよいよ11月10日の朝になり、文化祭当日だ。朝早くから体育館へ入りステージの準備をしていた。

そして午前十時半、全校生徒が体育館へぞろぞろ入って来た。ザワザワとした雰囲気の会場の一番後ろにひときわ緊張した美沙の両親が座っていた。

一方ステージ裏の楽屋では拓馬が皆を集めて何やら話をしていた。そして時折爆笑が出ていた。

そして11時5分前です。とコールがかかり部員はステージへ上がって行った。緞帳(どんちょう)が下りているので、会場はまだ見えない。

拓馬は指揮台に上るとまたみんなを笑わせていた。そして左手の指を鳴らしながらリズムを取り始めた。

拓馬は笑いっぱなしである。そしてその顔を見た部員たちも、ついつられて笑っていた。とてもいい雰囲気である。



 
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