WS2009_000025


この時拓馬は(あれ?)と疑問が湧いてきた。(前回の人生では確かこの輝美が妻になっていたが、輝美の父はこんな怖い人じゃなかったはずだ。どういう事だ?)(思い出してみれば母はこんな感じの人だったよな)(昔は体格が良くて、変化した?)グルグル頭の中が回っていた。この間、拓馬はじっと鍵盤を見てはいたが、鍵盤に焦点は合っておらず、違う事を考えているというのが見て取れた。

輝美が気が付いて「ねぇ岩城くん どうしたの?」と言うと、拓馬はハッと気が付いて輝美の方を見てにっこり笑いながら「ごめんごめん」と言って、得意なジャズピアノを弾き始めた。

この時代まだジャズピアノを弾く人は少なかったし、ましては中学生なんて、ほぼいなかった。そんな拓馬の後姿をキラキラした目で見ている輝美を輝美の両親は目を細めて見ていた。そして日も暮れて、そろそろ帰る時間がやってきた。名残惜しい輝美は「また遊びに来てね」としきりに言ってくる。

拓馬はもう家じゅうの雰囲気が拓馬に向かいすぎている事を感じており、輝美の気持ちに応えてあげられない自分が苦しくなっていた。その状況も輝美は理解している、それも承知の上でまた来てと言っている。

拓馬は切なくて涙が出そうになるのを必死にこらえながら、この家に遊びに来たことを心底後悔した。「また来てね」輝美が手を振る。拓馬は「うん またね」と言うのが精一杯で手を振りながら歩き出した。

帰り道の拓馬は苦しかった。歩きながら涙が止まらないのだ。あんなに怖そうだが優しい感じのお父さんと素敵な母に囲まれ、純粋に自分を見ている輝美の顔が頭から消えないのだ。拓馬は前回の人生でこの輝美の気持ちを受け入れ、結婚し、幸せに暮らしたのだ。

その思い出が次々と思い出され、自分は何かとてつもなく悪いことをしているような錯覚に陥っていた。帰り道の途中の公園で拓馬はベンチに座り、日も落ちて、誰もいない公園、なぜか泣けてきた。

「俺は何をしているんだろう」
「なんで前回の人生を覚えているんだろう」
「これは何かの罰なのだろうか?」
「勉強だとかそんなことは楽勝なのに、人との思いでを忘れないで人生やり直すって、こんなに辛い事なのか」と小学生の頃にワクワクした自分を恨んでみたりとぶつけ様のない怒りに頭を抱えていた。

しばらくして少し落ち着いてきた拓馬は、立ち上がり家に向かった。何も考えられない状態で無気力に歩いた。何とか家に辿り着くと、静かに玄関を開け、何も言わず部屋に入っていった。部屋に入るといつもの光景が目に入り、それら全てが、なんだか無価値に思えてきて色あせて見えていた。

無気力の拓馬はそのまま着替えもせずベッドへ横になると、そのまま寝てしまった。そして午前4時頃、ガバッっと拓馬は起き上がった。またあの衝撃と水が押し寄せてくる夢を見ていた。

しばらくその夢の映像が頭の中で繰り返されていたがやはり何なのか理解できず、学生服のまま寝てしまったことに気が付いて、着替えをしてもう一度ベッドへ入った。ちらっとさっきの輝美の事を思い出したが、顔をフルフルと揺すり忘れることにして寝た。

翌日の日曜日、吹奏楽部の練習があるのだが気力が湧かない拓馬は、休みの連絡を入れてベッドにもぐりこんだ。拓馬が練習を休むと学校で聞いた輝美は、昨日の事を思い出し、自分が何かしたのかと不安で一杯になり練習も上の空であった。

この日から復活した美沙も吹奏楽部の部室へ来ていたのだが、拓馬が休みだと聞いて、すかさず早退を申し出た。この様子を見ていた輝美は、自分はそこまで出来ないと右手で胸の辺りをギュッと掴んで下を向いていた。

早退した美沙は、何があったのか不安なまま急ぎ足で拓馬の家に向かっていた。「ぴ~んぽ~ん」何度鳴らしても誰も出てこない。美沙は益々不安が増大していた。


毎日のように来ている家なので、勝手知ったるなんとやらで玄関を開けてみた。鍵はかかっていない。「あ、家の人はいなくて拓馬は防音スタジオだから呼び鈴が聞こえないのか」と考え「おじゃまします」と一声かけると、拓馬の部屋へ向かった。

「ズシャ」重い扉を開くと、拓馬はベッドに寝ていた。美沙は優しい声で「拓馬 どうしたの?」囁きかけた。スースーと寝息を立てて拓馬は寝ていた。美沙はベッドへ腰かけ、しばらく拓馬の寝顔を見ていた。

しばらくして拓馬はうっすら目を開けた。(ん?誰かいる?」と思い、顔をそちらへ向けると「あ 美沙 風邪治ったんだ」と言うと美沙は「復活よ」と右手で胸の辺りにこぶしを握った。

いつもなら美しい美沙の顔を見ると元気百倍になるはずなのに、今日は美沙の顔を見ていたら涙が流れてきてしまった。美沙も色褪せて見えたのだ。

美沙は優しい声で「何かあったの?」と言ってくれたのだが、昨日の事、前回の人生の事等美沙には絶対言えない拓馬は困った。美沙に秘密など絶対持ちたくないと思っていたのに言えない。

美沙の優しさが余計に拓馬を苦しめることになってしまい、拓馬は布団をかぶって泣き出してしまった。(全部美沙に話したい)そんな思いが出ては消えと繰り返し、拓馬は葛藤していた。そんな雰囲気を美沙は心配で、役に立ちたくて、癒してあげたくてと拓馬の布団の中に潜り込んで、拓馬に抱きついた。そして何も言わずただじっとしていた。


つづく・・・





 
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