WS002367


拓馬と美沙は四十八才になっていた。娘も十八才で元気な盛りだ。拓馬は美沙に「来年にはもう俺たち五十才になるな」と言うと美沙は「ほんと 早いわね」と話していた。拓馬は「五十才記念コンサートを藤水市でやらないか?」「同級生たちにも招待状を出して あの藤水第二中学校の体育館でやるってのはどうだ?」と言うと美沙は「それいい~ やりましょう 是非」と大乗り気だ。

「そして日本でまた活動しようか」と提案すると美沙は「そうね 両親もそろそろ年だし 近くにいてあげたいね」という事で拓馬は「おい リリ~ィ」と娘を呼んだ。リリィは母 美沙に似てとても美しい、しっかり日焼けしているのでとても健康的であった。「リリィ 日本に帰るぞ」と言うとリリィは大喜びした。その連絡を受けて日本の両親たちが大喜びしたことは言うまでもない。

そして住み慣れたハワイを後にして、日本へ一家で引っ越してきた。藤水第二中学のコンサートの日程は拓馬の誕生日である4月1日に決まった。それに合わせて準備が着々と進んでいた。同級生達もすっかり白髪頭になっていたがこのコンサートは物凄く楽しみにしていた。

東京のスタジオで拓馬と美沙は練習していた。すると美沙が崩れるように座り込んだ。「あれ、美沙 どうした」美沙もこれまで病気らしい病気などした事が無い健康体であった。「もうあまり無理は出来ないな」と拓馬は言うと、今日はとりあえず終わりにして病院へ行こう。と美沙を病院へ連れて行った。

診察をしたドクターが「検査の為2~3日入院しましょう」と言うので拓馬は「そうですか 分かりました」と美沙の入院準備を進めていた。そして4日後、拓馬だけがドクターに呼ばれた。

ドクターは深刻な顔で「まずいです。膵臓に悪性腫瘍があり、周辺臓器へ転移しています。手術ではもう取る事は難しい状況です」と伝えると「先生 どういう事ですか」と拓馬が静かに聞き返すと「抗がん剤、放射線、手術、全て総動員しても、持ってあと半年、1年は厳しいです」拓馬は何も考えられなくなった。

しばらく沈黙したあと「先生 何をどう使ってもどれだけお金使っても構いません。美沙を 美沙を助けてください」と拓馬は先生の腕を掴んで言った。ドクターは「善処しますが、これは相当厳しい治療になります。

それでも・・・厳しい・・・」と眉間に縦のしわが深くなった。拓馬は「分かりました、セカンドオピニオンでも検査してもらいたいのですが」と言うとドクターは「はい、是非そうしてください」という事で、専門の病院へ行ってみた。が結局同じ結果に全身の血の気が引いて、ガクンとドクターの前で床に座り込んでしまった。

拓馬は考えた。美沙に伝えるべきか、黙って治療を続けさせるのがいいか、しかし今の時代本人にしっかり伝えて一緒に戦う時代だ、伝えよう。

と決心し、自宅に戻って美沙とリリィの前で結果を伝えた。その報告を受けた美沙は、自覚があったのか全く動じない。一方リリィは取り乱して美沙に抱き付いて泣いていた。拓馬はそれでも「何が何でも治すぞ」と力強く美沙とリリィを抱きしめて「いいか この事は誰にも言ってはいけないぞ リリィ分かったな」と念を押した。

それから極秘入院した美沙は、あらゆる治療を行い、頑張っていた。しかし日に日に弱っていく美沙は回復の兆しが全く見えなかった。

藤水第二中学でのコンサートは中止にしないとならない、拓馬はそう考えていた。ベッドに寝ている美沙が拓馬の手を持って

「ねぇ 第二中のコンサート中止にしないでね」とまるで心を見透かされたように言ったので拓馬は相当驚いた。そして「わかった、中止にはしない それまでに必ず治すぞ」と美沙の目を見て勇気づけた。

美沙の検査で余命半年が宣言されてから、既にその日は過ぎていた。小康状態を保ちながらも少しづつ顔色は良くなっていた。それでも突然不調になったり、と気を抜けない毎日が続いていた。

そしてとうとう3月も終わりに近づいていた。ドクターはここまで持ちこたえているのは奇跡的な事だと驚いている。美沙の体は点滴とか色々な測定器のケーブル等に繋がれていた。

美沙は拓馬に「4月1日のコンサートやりましょ」と言った。美沙も何か感じている事があったのか、とても穏やかな表情であった。拓馬は「でも そんな体力使って無理しては・・・」と言いかけると、美沙が

「いいの もう一度みんなに会いたいし みんなの前で歌いたい」
「こんなチューブに繋がれたまま終わるのは いや」と真っ直ぐ拓馬を見て言った。その強い決意を拓馬は感じて「よしそれじゃ1曲だけにしよう」と言うと美沙は「えぇ」と承諾し、拓馬は1曲だけのコンサートとしての準備を行った。



 
なかなかいいね、と思ったらポチッとね!
 ↓↓↓ にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村