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そしてコンサート当日、懐かしい顔がぞくぞくと集まっていた。拓馬も何か感じる事があり、コンサートが無事終了する事を願った。
コンサート当日の朝、美沙はとても顔色が良く、食欲もあり元気であった。ドクターは反対したのだが、本人の意思を尊重する事にした。

ステージでは緞帳(どんちょう)が下がっていて美沙は車いすでステージ中央まで来た。そして幅が広くて背もたれがある赤いチェアーに座ると、その隣に拓馬がスタンバイした。緞帳の向こうでは、もじゃもじゃ頭がすっかり白髪になった山下先生が司会をしていた。そして拍手と共に緞帳が上がると、わぁーっと歓声が上がった。

「みなさん お久しぶりです」拓馬がマイクで挨拶し、美沙も「お久しぶり」と手を振った。
娘のリリィは最前列に陣取り、ハラハラしながら見ていた。そして一番後ろには美沙と拓馬の両親も来ている。

美沙と拓馬の両親も美沙の病状の事は知っており、それでも美沙の意思を尊重し、黙ってい見ていた。
そしてたった1曲だけのコンサートが始まった。

美沙が歌い始めると、前日まで入院していたなんて言われなければ分からないほど艶やかな歌声で観客を魅了していた。

白髪頭の観客たちは、輝美の声を聞くと一気に35年前の中学生にタイムスリップしていた。
美沙の歌が終わり、美沙の隣でギターを演奏していた拓馬が曲の最後の部分を静かに弾いていた。
そして曲が終わり、大きな拍手が沸き起こっていた。

拓馬はギターを置くと、美沙の方を見た。

「!」

美沙はがっくりと、うなだれている。

拓馬は血の気が引いた。

それでも慌てないように静かに美沙の隣へ座りなおした。

そして美沙の頭を左手で抱き寄せると、右手で美沙の右の頬から首筋へ手を滑らせ、美沙の脈を取って見た。

その時、拓馬の目が一瞬険しくなった。

その様子に観客が気が付いて、会場は静まり返っていた。
リリィも気が付き、バッっと立ち上がると

「オカアサーン?」

静まり返った会場にいる観客の心臓に突き刺さった。

拓馬はリリィを一瞬厳しい目つきで見て、静かにうなずいた。
その様子で察したリリィはゆっくりと椅子に座った。

そして拓馬は美沙が右手に持っていたマイクを持って話し始めた。

「みなさん ありがとう」

「みなさんにお伝えしなくてはならない事があります」

そういうと、会場は皆、身を乗り出してステージ上の拓馬と美沙を見た。
拓馬はゆっくりと話し始めた。

「昨年、本日のコンサートを決め 日本に帰ってきました」

「その直後、美沙は末期のガンである事が発覚し余命半年と宣言されたのです」

会場からは小さく「えっ」と驚きの声が出ていた。

「それでも美沙は、もう一度みんなに会いたい もう一度歌いたいと強く希望し、ここへ来ました」

「余命半年をここまで超えて、ドクターには奇跡的な事だと驚かれ、頑張ってきました」

「そして歌を歌い終わると同時に み 美沙は 人生の幕を・・・下ろしました」

「ここまで がんばった み 美沙を 褒めてあげてください」

会場からは悲鳴のような声が轟き、「さっきまで歌ってたのに・・・」
「あんなにいい声だったのに・・・」と目の前の状況を信じられない状態で困惑していた。

そして拓馬は、マイクを置くと、美沙の両手を体の前に置き、左手で美沙の体を支え、右手で足を持ち、抱えて立ち上がった。

するとステージ裏にいたスタッフも前へ出てきて、深くお辞儀をした。拓馬は美沙を抱えたまま、ステージ正面の階段を1段づつゆっくりと降りて、そのまま真っ直ぐ会場を突っ切る形で歩き始めた。

そしてリリィがその後に続き、観客は全員立ち上がり、拍手をしながら見送った。会場の一番後ろまで行くと、美沙の両親と拓馬の両親も深くお辞儀をして、拓馬に続いて歩き出した。

美沙は人生の最期を、同級生たちに見送られ、この世を去ったのだ。

会場の外へ出た拓馬は、抱きかかえている美沙に

「今まで本当に素敵な時をありがとう」

そう言うと、美沙を車に乗せ、会場を後にした。




 
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